Stay Foolish

バレーボール(主に男子)をいろんな視点から見ていくブログ

ジミー・ジョージ・ザ・インディアン・レジェンド



彼のことを知らないインドのバレー人はいない(と思う)。
少なくともインドでもっとも有名なバレーボールプレーヤーはジミー・ジョージだ。
日本ではまず知られていない、インド人で唯一イタリアセリエAに所属したことがある伝説のサイドアタッカーである彼のことを今日はちょっと紹介したいと思う。


1955年生まれ。田中幹保と同じ月に生まれている。
インド国内で実績を残したのち、まだイタリアA2にいたトレビソなどに移籍、活躍した。しかしチームがA1に昇格した年、わずか32歳、交通事故で夭逝したことが彼をさらに伝説化させているといっても過言ではないだろう。彼の死後から25年がたっている。
彼の遺族は彼の名のつけた財団を設立し、今でもジュニアの大会を開催したり奨学金を作ったりして、インドのバレー界に寄与している。

覚えている方がいるかもしれないが、1986年第10回アジア大会。第1回からメダルを取り続けてきた日本はこのソウルの地で初めてメダルを逃した。


パリ世界選手権と日程がかぶったため、緒方キャプテンを中心としたB代表ではあったものの決勝リーグに上がってからは1セットもとることができなかった。
そしてここで銅メダルを獲得したのが、ジミー・ジョージ擁するインドチームである。


日本チームはジミー・ジョージの高い跳躍力から繰り出されるスパイクにまったく手も足も出なかった。ビデオを見る限りは日本の戦術の稚拙さの方が目立ってしまうわけだが、それでもやっぱりジミー・ジョージのアタックの通過点の高さには目を見張るものがある。


サッカーで言えば、たとえばリベリアジョージ・ウェアとか、ウクライナシェフチェンコとか、小さな国で突然変異的に出てきた選手がここまで伝説的に語られるということはバレーボールではほとんどない(そもそもインドが小国ということに無理があるが、後進国という意味で)。サッカーとは違って、バレーボールは人気のない国ではどこまでも人気がない。
そういう意味ではジミー・ジョージは大変稀有な選手と言えるだろう。