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Stay Foolish

バレーボール(主に男子)をいろんな視点から見ていくブログ

ムセルスキーのバックアタックシステム



ヨーロッパ1のクラブチームを決めるCEVチャンピオンズリーグも予選ラウンドを終え、12チームによるプレイオフラウンドが始まった。ここからはホームアンドアウェーのトーナメントを行い、6チーム、3チームと絞られていく。残った3チームとファイナル4開催地であるレソビアの4チームが準決勝、決勝を戦うという流れだ。


この大会で感じていることは、点数をとれるミドルが非常に増えてきているということである。予選ラウンドではチーム間のレベル差があるため、余裕があるからミドルに上げるということも多かったが、このプレイオフラウンドの今週の試合でも、ベウハトゥフのリシナツが17得点で試合2番目のスコアラー、トレントのソレも16得点でチーム2番目タイのスコアラー、チヴィタノーヴァのポドラスチャニンも同じくチーム2位タイ、ハルクバンクのルルーもアタック打数は多くないが5エースが効いてチーム2番目。サイドよりも点を取るミドルが多く見られた。


中でもベルゴロドのムセルスキーはアタック決定率64%、19得点を決め、試合のトップスコアラー。3セットのイージーゲームと考えると驚異的だ。
ただまあ、これには仕掛けがあってムセルスキーは前衛ではミドル、後衛ではライト側からバックアタックを打ついわばオポジット的な役割を果たしていたからだ。


動画はこちらから。
www.laola1.tv



これは昨日今日始まった戦術ではないのだが、たまたまいい機会なのでちょっと解説してみる。
数年前からベルゴロドのオポジットが怪我したときや、オポジットの攻撃力がいまいちな時はこのような戦術を用いていた。マストランジェロが離脱した2012年あたりのクネオもソコロフがミドルに入って、同じシステムを用いていた。
古くはアルゼンチン代表がミリンコビックを使って似たようなシステムを用いていたし、そもそもリベロ制以前、80年代の終わりくらいまで攻撃力のあるミドルは実際このような形で後衛ではバックアタックを打っていた。バルセロナでもネグロンもオポだったけど前衛では実質ミドルだったし。
FC東京で前田選手がミドルやってた時にもたまーにやっていたような気もするけど、記憶違いかもしれない。


以下がベルゴロドのラインナップ。四角はミドル、三角はサイドということで。


前述のように前衛では普通のミドルとして機能する。
ムセルスキーがサーブを打った後は前衛にオポジットもいるので、1ローテだけリベロがムセルスキーに入る。ここまでは全然普通。


次のローテ、オポジットのダニロフがサーブを打つときに、リベロと変わってムセルスキーがコートに入る。もうここではダニロフはサーブの後、バックセンターに入ってバックライトから打つのはムセルスキー。
このラリーが終わるとリベロはオポジットのダニロフに入る。


ここから2ローテはムセルスキーが実質オポジットということになる。




ムセルスキーが前衛に上がるとバックライトから打つ選手がいなくなってしまうので、またリベロに変わってダニロフが入る。


ここからはまたいたって普通のシステムに戻る。


たとえば日本だったら、出来田君でやっても面白いと思うし、高橋健太郎君でやっても面白いかもしれないし、大竹、後々小野寺なりでも、と考えると今の若い子将来性豊かだなー。