きょうのセッターその48 マルセロ・エルガートン
リカルドが去ったブラジルの、ブルーノまでのつなぎのセッターという位置づけになってしまうのだろうが、マルセリーニョことマルセロ・エルガートンは、十分にレジェンドと呼ばれるに値する実績を残している。
リカルドがチームを後にしたのは2007年のこと。そのあとのワールドカップは優勝するが、2008年のワールドリーグ、北京オリンピックで優勝することはできなかった。
サイドに打たせる精度だけでいえば、マルセリーニョのほうが上だったかもしれない。ただセッターがリカルドからマルセロに変わったことで予測不可能性が失われてしまった。何をしてくるかわからない怖さがリカルドのいないブラジルには決定的に欠けてしまった。具体的にはミドルを使えるエリアが狭くなった事が挙げられる。対戦相手はリカルドのあらゆるところからミドルを使ってくるオフェンスに、結局最後まで的を絞れなかったのだ。
マルセリーニョが下手だという話ではない。リカルドほどではないにしても、ある程度広い範囲からミドルを使えるセッターだ。
あくまで推測であるが、リカルドがいないから負けたと言われたくはないという思いが、リスクを抑えたサイド中心のトス回しに終始してしまった原因ではないだろうか。
ジバがヨーロッパのクラブであまり大きな実績を上げられていないことに代表されるように、あの強かった頃のブラジルで、個体としての能力だけをもって「スペシャル」と呼べたのはセルジオ、グスタボ、ダンテぐらいなものだと思う。などと言うと少し語弊があるのだが、その他の選手が大したことないと言いたいわけではないので、そこはご留意願いたい。2000年代最高の選手は紛れもなくジバだ。
何が言いたいかっていうと、そもそもあの時代のブラジルの強さはリカルドの織りなす予測不可能性に立脚したものだった。ただ、それもスパイカーに突出した選手がいなかったからこそ出来たこととも言える。
これが例えば、あの時代で言えばスタンリーやミリュコビッチみたいな爆撃機みたいな選手がブラジルにいたら話は変わっていたと思う。やはりその選手にボールは集まるだろうし、大事なところでトスが上がって来ないとその選手もストレスを溜める。もしそんな選手がいたら、マルセロのほうがスタメンになっていてもおかしくない。
結局のところ、最強を誇った2000年代中盤のブラジルは個の能力が突出していたのではなく、ユニットとしての能力が抜群だったのだ。一人ひとりに役割があり、責任がある素敵なファミリーであった。
そんな中でマルセロも、相手がリカルドの予測不可能に振り回されている時に、アンデルソンと2枚替えで出てきて、シンプルなトス回しで逆に相手を混乱させたことが一度や二度ではない。
て、3分の2ぐらいリカルドの話をしてしまった気がするが、マルセロはブラジルリーグ5回勝ってるし、ギリシャ時代にもチャンピオンズリーグ上位にも進出しているなど、クラブの実績だけで言えばリカルドともどっこいだし、むしろマルセロの方が上だ。
そんなマルセロも昨年44歳で引退した。どちらかと言えばクレイジーに見えるブラジルのセッターが多い中、実に普通の人格の方に見えるので、指導者として戻ってきていただきたいなと思う。
きょうのセッターその47 眞鍋政義
今では前日本女子代表監督としてのほうが有名であるが、しっかり歴史に名を残しているセッターの一人だ。
新日鐵での日本リーグの三連覇や、セッターとしてここまでで唯一イタリアセリエAでもプレーした。イタリアではあまり多くの試合には出ておらず、動画も見つからない。残念。
22歳で代表入りして、ソウル五輪も出場。キャリア後半で再び全日本に復帰したこともあり、セッターとして3回以上の世界選手権出場はおそらく猫田勝敏(4回)、眞鍋政義、阿部裕太の3人のみ。
ボールに優しいタッチが特徴で、コンタクトポイントは低く、顔の近くでボールを扱う。特に晩年はその傾向が強く、動画の1998世界選手権スペイン戦のファラスカのボールを扱う位置と比べれば歴然である。
優しいというと手首を柔らかく使う、持つようなイメージになってしまうかもしれないが、球離れは早く、タッチしている時間も短い。キレが良い。引き付けて上げるようなセッティングは間ができるので、相手ミドルが思わずミドルに反応してしまう。
また1980年代前半と考えれば190㎝前後の身長は、かなりの大型セッターの部類であったと思う。
味方にしろ、相手にしろ小さい所作から今日の調子をつかんだり、意図を読んだりする「観察力」の高さもセッターにとって必要な能力の一つであるだろう。
監督時代のインタビューなどからも伺えるが、人の心を引き付けて動かすという面に優れているいわゆる「人たらし」であると思う。
いろいろなタイプがいるが、眞鍋氏は細かい気配りに長けたセッターだったと思う。ただ尽くせばいいというわけでもなく、なだめすかしてこき使う、そんなずる賢さを兼ね備えている。
大なり小なりそういった腹黒い部分にはセッターには必要であろうと、眞鍋氏を見て感じるのであった。
きょうのセッターその46 パオロ・トフォリ
イタリア黄金世代の中心セッターにも関わらず、いかんせん影が薄い。
あっと驚くというハンドリングでブロックを欺くということは殆どないが、セッティングは正確で、同じリズムでスパイカーを使い分け、ネットから離れたところからミドルも使える。
安定性があって、戦略的な組み立てができてリーダーシップもある。
ん?そう考えるとトフォリって実はものすごい良いセッターなんじゃないか。
セッターというのはこういうところが難しくて、目立たないほどすごいケースというのがあるからだ。結局そこがセッターがアメフトのクォーターバックに例えられることが多いながらも、セッターをクォーターバックに例えてはいけないと言うひともいる*1所以で、良いクォーターバックは間違いなくスターであるが、セッターは必ずしもスターではない、ということだ。
世界選手権を2回優勝、ヨーロッパ選手権にいたっては4回優勝。スクデット獲得は3回。
これでオリンピック優勝でもあれば、それこそもっとレジェンド扱いされていいのだが。実績だけの話でいえば、ブランジェとマウリシオがバレーボール殿堂入りしてて、トフォリが入ってないってのは、オリンピックを勝ってるか否かの差に過ぎない。トロフィーの数でいえば、彼ら二人が入ってトフォリが入らないというのはありえない。
そんなトフォリに先程の記事内の以下の文を贈りたい。
setters who ache for the limelight are more likely to hurt their team than to make it better.
脚光を浴びるセッターは、チームをより良くするよりもチームを傷つける可能性が高くなる。
Jim Iams
きょうのセッターその45 ルチアーノ・デ・セッコ
常にひらめきがあって、それを実現するだけのテクニックがある。
少しひらめきに従い過ぎて、ゲーム全体の筋書きが破綻することはあるけれど、それは今後更に改善する問題だろう。
とはいえ、特にセリエAの上位のような、代表よりも攻撃力の総和が高いチームでは行儀の良いセッター、つまり予想されうることをただこなすセッターは避けられる傾向にある。もちろんスパイカーに能力を発揮させることは大前提であるが、多少のリスクを負って相手の想定外を産み出していくこともトップのセッターには求められる。
やはりその点において1、2の能力を誇るのがデ・セッコだろう。
そのひらめきはセットだけではなく、サーブでもブロックでも、ふと気づくとデ・セッコはなにかの工夫をしている。
前後左右にスピンとフロートを使い分けて揺さぶるサーブとそこまで高いとは言えないまでも場所を直前で変えてみたり、引いたり出したりを駆使するブロック。相手にしてみれば非常に嫌な選手、味方にしてみれば大変頼もしい選手と言えるだろう。
アルゼンチンで子供の時はバスケットボールをしていたらしいが、18歳ですでに代表入り。バレーボールを初めた年齢ははっきりと調べられないが、おそらく14、15歳とみられ、バレー経験3、4年で代表入りしたと考えられる。2m級の選手なら期待してという意味で、なくはないだろうが、セッターでってのはやっぱり異常である。
その後は徐々にステップアップして、20/21シーズンからはルーベに移籍。今季とはほぼセッターのみが変わる陣容になるため、ブルーノとどう違うバレーボールを展開するのか、それを確かめることが今から大変楽しみである。
きょうのセッター番外編その5 石川祐希

この番外編の最後を誰にするかは大変迷った。
本当はロレンツォ・ベルナルディが第一候補だったのだが、セッター時代の動画も写真も見つからずあきらめた。モデナの3番手セッターだったベルナルディだが、当時監督だったヴェラスコの提案を受け入れ、サイドアタッカーにポジションチェンジして20世紀最高の選手になった*1。ベルナルディとカーチ・キライの二人が20世紀最高の選手としてFIVBに表彰されたが、その二人とももともとセッターもしていたというのはなかなか面白い事実である。
まだまだ候補としては、カジィスキとかミリュコビッチもいたが、やはり動画として残っていない。セルジオもリベロ制以前は何でも屋的にプレーしていて、(たぶん)セッターもしていたはずであるが、これも動画がない。
サイドとリベロとセッターで世界大会に出場して2001グラチャンはセッターで優勝したアラン・ロカでもよかったが、キューバだしなぁといろいろ思案した結果、石川選手にした。
2013年の世界ユースでは永露選手とツーセッター、星城高校でも常にではないが、時には武智選手とのツーセッターをしていた。
ユースで、といっても基本的には現サントリーの大宅が正セッターで、ツーセッターを試合で使いだしたのは17位以下が決定してからのため、経験のためといった向きが強い。
17位に終わってしまったが、このチームは小野寺や高橋健太郎、久原弟に石川とシニアで活躍しているメンバーが多い。彼らがどうこうという話ではなく、小っちゃくてうまい選手を使えばユースで結果は出る。それをせずに我慢して、経験を積ませたことが今のシニアにつながっているのだと思う。
星城高校でのツーセッターは上の記事の通りだが、竹内監督の先を見据えた目を感じさせる。19/20シーズンV1リーグの上位4チームのうち3チームが星城のセッターであったというのも、無関係の話ではないだろう。たぶん竹内監督もセッター出身であるはず。
このワールドカップベストプレーともいえるセットもセッター経験の賜物といえよう。
石川選手をはじめ、前述のベルナルディにせよ、キライにせよ、クビアクにせよ、ヌガペトにせよ、バレーボールが上手いといわれる選手で、セットの下手な選手はいない。バレーボールが3本でつなぐスポーツである以上、セカンドタッチの重要性は非常に高く、その役割を主に務めるセッターの責任は重い。
特にセッターをしていたスパイカーは2本目の重みを知っているはずだ。その難しさを知っているからこそ、3本目を決める役割を持った彼らはみんなの思いを汲んで決めることが…などと安直な話にはしない。
セッターが簡単なことではないことを知っている。良いセットが常にできることができないことを知っている。だからこそスパイカーは自分の仕事に徹する。上がったトスを決める、得点につなげる。それがスパイカーの仕事であって、トスの良し悪しなどは関係ないのだ。
セッターにしつこいほどトスの注文をつける選手がいる。確かに彼らにとって打ちにくいトスなのもしれないが、結局それは自分の仕事に徹することができていないに過ぎない。
一人ひとりが自分の仕事に徹する。それこそが真のチームワークといえるだろう。