Stay Foolish

バレーボール(主に男子)をいろんな視点から見ていくブログ

きょうのセッターもくじ

名前 国籍 生年
ルーカス・カンパ
Lukas Kampa
🇩🇪 1986
ロワク・ドゥケルグレ
Loïc de Kergret
🇫🇷 1970
ファビオ・ヴッロ
Fabio Vullo
🇮🇹 1964
古川靖志
Yasushi Furukawa
🇯🇵 1961
キム・ホチョル
Kim Ho-chul
🇰🇷 1955
ブルーノ・レゼンデ
Bruno Mossa de Rezende
🇧🇷 1986
マウリシオ・リマ
Maurício Camargo Lima
🇧🇷 1968
ロイ・ボール
Lloy Ball
🇺🇸 1972
デミアン・ゴンザレス
Demián González
🇦🇷 1983
10 サイード・マルーフ
Mir Saeid Marouf
🇮🇷 1985
11 シェン・フーリン
Shen Fu Lin
🇨🇳 1955
12 ジェフ・ストーク
Jeffrey Malcolm "Jeff" Stork
🇺🇸 1960
13 ベンジャミン・トニウッティ
Benjamin Toniutti
🇫🇷 1989
14 ハビエル・ウェベル
Carlos Javier Weber
🇦🇷 1966
15 ミハル・マスニー
Michal Masný
🇸🇰🇵🇱 1979
16 ニコラ・グルビッチ
Nikola Grbić
🇷🇸 1973
17 シモーネ・ジャネッリ
Simone Giannelli
🇮🇹 1996
18 ビャチェスラフ・ザイツェフ
Vyacheslav Alekseyevich Zaytsev
🇷🇺 1952
19 ミゲル・アンヘル・ファラスカ
Miguel Ángel Falasca
🇪🇸 1973
20 リカルド・ガルシア
Ricardo Bermudez Garcia
🇧🇷 1975
21 マイカ・クリステンソン
Micah Christenson
🇺🇸 1993
22 アラン・ファビアーニ
Alain Fabiani
🇫🇷 1958
23 フランク・デペステレ
Frank Depestele
🇧🇪 1977
24 パヴェウ・ザグムニ
Paweł Zagmny
🇵🇱 1977
25 ハン・ソンス
Han Sun-soo
🇰🇷 1985
26 アレクサンドル・ブティコ
Aleksandr Butko
🇧🇾🇷🇺 1986
27 ラファエル・デ・オリベイラ
Raphael de Oliveira
🇧🇷 1979
28 ヨセフ・ムシル
Josef Musil
🇨🇿 1932
29 宇佐美大輔
Daisuke Usami
🇯🇵 1979
30 ラウル・ディアゴ
Raul Diago
🇨🇺 1967
31 タイラー・サンダース
Tyler James "TJ" Sanders
🇨🇦 1991
32 ダスティー・ドヴォラック
Douglas Scott "Dusty" Dvorak
🇺🇸 1958
33 アントワーヌ・ブリザール
Antoine Brizard
🇫🇷 1994
34 ウィリアム・アルホーナ
William Arjona
🇧🇷 1979
35 フィタル・ヘイネン
Vital Heynen
🇧🇪 1969
36 フェルディナンド・デ・ジョルジ
Ferdinando De Giorgi
🇮🇹 1961
37 ワジム・ハムツキフ
Vadim Anatolyevich Khamuttskikh
🇷🇺 1969
38 ヴァレリオ・ヴェルミリオ
Valerio Vermiglio
🇮🇹 1976
39 ミッコ・エスコ
Mikko Esko
🇫🇮 1978
40 ペーター・ブランジェ
Peter Blangé
🇳🇱 1964
41 セルゲイ・グランキン
Sergey Grankin
🇷🇺 1985
42 マルコ・メオーニ
Marco Meoni
🇮🇹 1973
43 ニコラス・ウリアルテ
Nicolas Uriarte
🇦🇷 1990
44 ディミタル・カーロフ
Dimitar Karov
🇧🇬 1943
45 ルチアーノ・デ・セッコ
Luciano De Cecco
🇦🇷 1988
46 パオロ・トフォリ
Paolo Tofoli
🇮🇹 1966
47 眞鍋政義
Masayoshi Manabe
🇯🇵 1963
48 マルセロ・エルガートン
Marcelo Elgarten
🇧🇷 1974
49 レイデル・イエレスエロ
Raydel Hierrezuelo
🇨🇺 1987
50 猫田勝敏
Katsutoshi Nekoda
🇯🇵 1944
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きょうのセッターその50 猫田勝敏


「スマン」
「頼む」
「ありがとう」
猫田勝敏ストーリー(2) | JTサンダーズ広島 | JTウェブサイト

日本国内では「セッターと言えば」の代名詞になっているとは思うが、世界的にみても猫田氏の功績は、今でもなお高く評価されている。
イタリアのバレーボール専門webメディアの「VOLLEYBALL.IT」が昨年まとめた『現代バレーボールの歴史を作った12人のセッター』の一人目として、猫田氏は取り上げられている。
バレーボールの歴史に詳しい元オーストラリア代表監督であるマーク・レべデフは、歴史上最高のセッターを5人挙げるとしたら、と尋ねられ、「猫田、ザイツェフ、マウリシオ、グルビッチ、ボール」を挙げている*1。またブラジルのバレーニュースサイト「Saque Viagem」は猫田氏を「現代セッターの父」と位置付けている*2


1964年東京、1968年メキシコシティ、1972年ミュンヘン、1976年モントリオールと計4回のオリンピックに出場し、それぞれ銅、銀、金、4位という結果。当たり前であるが、4回オリンピックに出場した日本のバレー選手は猫田氏しかいない。


1960年代後半はまだ両サイドに高いトスを放り上げておくという戦術が一般的で、クイックはあるにはあったが単発ということがほとんど。ミドルとサイドを絡ませるという発想自体がまだなかった。そもそも一人の固定されたセッターが攻撃をコントロールするというチームがほぼなく、複数セッターによるオフェンスが大勢を占めていた。猫田氏も東京五輪では出町豊氏の補助セッター(控えという意味ではなく)という位置づけであった。その後、ワンセッターとなった猫田氏と仲間たちの作り上げた多種多彩なクイック、時間差攻撃を繰り出すマルチテンポオフェンスはバレーボールに革命を起こした。
もちろんこれは監督であった松平氏の功績に依るところが大きいが、猫田氏の技巧がなければ実行に踏み切らなかっただろう。


国内であまり取り沙汰されることはないが、猫田氏がネットを背にしてセットすることで、リリースポイントが相手から見えづらくなったことを彼の利点に挙げる海外の文献も多い*3*4。これはあくまで推測であるが、ミュンヘン前年の右手複雑骨折の影響で、左手の力を多めに使わざるを得なかったことによる副産物だと考える。オリンピックの約1年前に腕を骨折して復帰は本番の二ヶ月前、それを考えるだけで恐ろしい。


猫田氏の最大の功績はセッターの「心」を世に残したことであると思う。「セッターは目立ってはならない」「人間力」「スパイカーに合わせ、打ちやすいトスを上げる」「自分が思ういいトスではなく、スパイカーが打ちやすいトス」「毎日、毎日の練習で“骨で汗をかいた”と納得できるまでやる」 そして冒頭の引用、猫田氏が試合中の口癖だったという「スマン」「頼む」「ありがとう」はセッターのみならず、自分ひとりだけではプレーすることの出来ないバレーボールというスポーツのエッセンスが詰まったメッセージだと思う。ボールを触るプレーヤーすべてがこの気持ちを持っていれば、自然とプレーの質は上がるはずである。


猫田氏は39歳の若さで早逝したが、10年後、100年後、彼の「心」がバレーボールに生き続けることを願う。



sputnik0829.hatenadiary.com

きょうのセッターその49 レイデル・イエレスエロ

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「ツーアタック」というのは和製バレーボール用語であり、基本的に外国人には通じない。英語では「ダンプ」もしくは「セッターダンプ」が一般的であるが、ブラジルでは「Bola de Segunda」、直訳だとセカンドボールと言ったりもするので、ツーアタックも全く通じないということはないだろう。
あまり左利きのセッターも多くないし、強いサーブが増えたので、セッターがツーアタックを行える機会も減っているだろうから、ジェフ・ストークほどバシバシツーアタックしてくるセッターというのはあまり見なくなったが、キューバのレイデル・イエレスエロは近年ではかなりツーを打つセッターに分類することができるだろう。


例えば昨季、彼が所属していたトルコのジラートバンクのスタッツを見てみよう。
tvf-web.dataproject.com


チームごとに各選手の成績が見られるのだが、彼の二人上に位置しているGOK EMIN選手はスタメンのミドル。サーブの打数が300少し越えるくらいでほぼイエレスエロと同数なので、プレー時間的にはほぼ同じと推定される。そのエミンのスパイク打数が154でイエレスエロが114。セットあたり換算だとエミン1.82本、イエレスエロが1.31本となる。ミドルで1.82本も少し少ないが、セッターで1セット1.31本というのは毎セット必ずツーをしている計算になる。


イタリアでも3シーズンプレーしているが、3シーズン合わせてセット当たり1.30本と安定している。これを例えば他のセッターと比べると、ジャネッリがセット0.78本デ・セッコで0.63本クリステンソンで0.59本ブルーノで0.53本となる。大体2セットで1本から1.5本の間に収まる。もちろん統計で記録される打数にはダイレクトアタックなども含まれるので一概には言えないが、セット1本を越える打数がいかに多いかというのはお分かりだろう。


ちなみにストークを調べてみたが、時代が古くて出場試合数はわかるものの、出場セット数がわからないので雑な計算にはなってしまうが(試合数に4をかけて出場セットということにした)、打数はセット1.8本という結果になった。
サイドアウト制で1セットの長さが違うので単純な比較はできないが、1セットに約2本近く打っていることになる。
サーブ打数との比率ならルールに関係なく、ツーアタックの頻度が出せそうなので、こちらも一応やってみると、ストークサーブ1本につき0.32本のアタック打数、比較でブルーノは0.13本、イエレスエロが0.37本となった。これもサーブの強さなんかも関係してくるので、一概には言えないが、イエレスエロはストークより、ツーアタックの頻度が高かった可能性がある。


2009、2010年のキューバには誰もが夢を見た。レオン、レアル、シモン。その前10年間ブラジルが握っていた世界の覇権があと数年でキューバに移る。そんなことを感じさせた2009年グラチャンと2010年の世界選手権だった。
しかしその夢は翌年にはすぐ潰える。レアルが消え、シモンが消え、イエルスエロが消えた。2013年にはレオンも消え完全に雲散霧消。そしてレオンのポーランド国籍取得、レアルのブラジル国籍取得と各国に夢が散らばった。
近年、キューバも態度を軟化させ、2020東京五輪予選では結局シモンのみが出場したが、イエレスエロ、サンチェスもキューバナショナルチームに戻ることが発表された*1。この先、海外でプレーしている選手も代表でプレーできるということが続けば、またキューバに夢を見ることができる日が来るかもしれない。

きょうのセッターその48 マルセロ・エルガートン

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リカルドが去ったブラジルの、ブルーノまでのつなぎのセッターという位置づけになってしまうのだろうが、マルセリーニョことマルセロ・エルガートンは、十分にレジェンドと呼ばれるに値する実績を残している。
リカルドがチームを後にしたのは2007年のこと。そのあとのワールドカップは優勝するが、2008年のワールドリーグ、北京オリンピックで優勝することはできなかった。


サイドに打たせる精度だけでいえば、マルセリーニョのほうが上だったかもしれない。ただセッターがリカルドからマルセロに変わったことで予測不可能性が失われてしまった。何をしてくるかわからない怖さがリカルドのいないブラジルには決定的に欠けてしまった。具体的にはミドルを使えるエリアが狭くなった事が挙げられる。対戦相手はリカルドのあらゆるところからミドルを使ってくるオフェンスに、結局最後まで的を絞れなかったのだ。


マルセリーニョが下手だという話ではない。リカルドほどではないにしても、ある程度広い範囲からミドルを使えるセッターだ。
あくまで推測であるが、リカルドがいないから負けたと言われたくはないという思いが、リスクを抑えたサイド中心のトス回しに終始してしまった原因ではないだろうか。


ジバがヨーロッパのクラブであまり大きな実績を上げられていないことに代表されるように、あの強かった頃のブラジルで、個体としての能力だけをもって「スペシャル」と呼べたのはセルジオ、グスタボ、ダンテぐらいなものだと思う。などと言うと少し語弊があるのだが、その他の選手が大したことないと言いたいわけではないので、そこはご留意願いたい。2000年代最高の選手は紛れもなくジバだ。


何が言いたいかっていうと、そもそもあの時代のブラジルの強さはリカルドの織りなす予測不可能性に立脚したものだった。ただ、それもスパイカーに突出した選手がいなかったからこそ出来たこととも言える。
これが例えば、あの時代で言えばスタンリーやミリュコビッチみたいな爆撃機みたいな選手がブラジルにいたら話は変わっていたと思う。やはりその選手にボールは集まるだろうし、大事なところでトスが上がって来ないとその選手もストレスを溜める。もしそんな選手がいたら、マルセロのほうがスタメンになっていてもおかしくない。
結局のところ、最強を誇った2000年代中盤のブラジルは個の能力が突出していたのではなく、ユニットとしての能力が抜群だったのだ。一人ひとりに役割があり、責任がある素敵なファミリーであった。
そんな中でマルセロも、相手がリカルドの予測不可能に振り回されている時に、アンデルソンと2枚替えで出てきて、シンプルなトス回しで逆に相手を混乱させたことが一度や二度ではない。


て、3分の2ぐらいリカルドの話をしてしまった気がするが、マルセロはブラジルリーグ5回勝ってるし、ギリシャ時代にもチャンピオンズリーグ上位にも進出しているなど、クラブの実績だけで言えばリカルドともどっこいだし、むしろマルセロの方が上だ。
そんなマルセロも昨年44歳で引退した。どちらかと言えばクレイジーに見えるブラジルのセッターが多い中、実に普通の人格の方に見えるので、指導者として戻ってきていただきたいなと思う。

きょうのセッターその47 眞鍋政義

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今では前日本女子代表監督としてのほうが有名であるが、しっかり歴史に名を残しているセッターの一人だ。
新日鐵での日本リーグの三連覇や、セッターとしてここまでで唯一イタリアセリエAでもプレーした。イタリアではあまり多くの試合には出ておらず、動画も見つからない。残念。
22歳で代表入りして、ソウル五輪も出場。キャリア後半で再び全日本に復帰したこともあり、セッターとして3回以上の世界選手権出場はおそらく猫田勝敏(4回)、眞鍋政義阿部裕太の3人のみ。


ボールに優しいタッチが特徴で、コンタクトポイントは低く、顔の近くでボールを扱う。特に晩年はその傾向が強く、動画の1998世界選手権スペイン戦のファラスカのボールを扱う位置と比べれば歴然である。
優しいというと手首を柔らかく使う、持つようなイメージになってしまうかもしれないが、球離れは早く、タッチしている時間も短い。キレが良い。引き付けて上げるようなセッティングは間ができるので、相手ミドルが思わずミドルに反応してしまう。
また1980年代前半と考えれば190㎝前後の身長は、かなりの大型セッターの部類であったと思う。


味方にしろ、相手にしろ小さい所作から今日の調子をつかんだり、意図を読んだりする「観察力」の高さもセッターにとって必要な能力の一つであるだろう。
監督時代のインタビューなどからも伺えるが、人の心を引き付けて動かすという面に優れているいわゆる「人たらし」であると思う。
いろいろなタイプがいるが、眞鍋氏は細かい気配りに長けたセッターだったと思う。ただ尽くせばいいというわけでもなく、なだめすかしてこき使う、そんなずる賢さを兼ね備えている。
大なり小なりそういった腹黒い部分にはセッターには必要であろうと、眞鍋氏を見て感じるのであった。



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きょうのセッターその46 パオロ・トフォリ


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イタリア黄金世代の中心セッターにも関わらず、いかんせん影が薄い。
あっと驚くというハンドリングでブロックを欺くということは殆どないが、セッティングは正確で、同じリズムでスパイカーを使い分け、ネットから離れたところからミドルも使える。
安定性があって、戦略的な組み立てができてリーダーシップもある。


ん?そう考えるとトフォリって実はものすごい良いセッターなんじゃないか。
セッターというのはこういうところが難しくて、目立たないほどすごいケースというのがあるからだ。結局そこがセッターがアメフトのクォーターセッターに例えられることが多いながらも、セッターをクォーターバックに例えてはいけないと言うひともいる*1所以で、良いクォーターバックは間違いなくスターであるが、セッターは必ずしもスターではない、ということだ。


世界選手権を2回優勝、ヨーロッパ選手権にいたっては4回優勝。スクデット獲得は3回。
これでオリンピック優勝でもあれば、それこそもっとレジェンド扱いされていいのだが。実績だけの話でいえば、ブランジェとマウリシオがバレーボール殿堂入りしてて、トフォリが入ってないってのは、オリンピックを勝ってるか否かの差に過ぎない。トロフィーの数でいえば、彼ら二人が入ってトフォリが入らないというのはありえない。


そんなトフォリに先程の記事内の以下の文を贈りたい。

setters who ache for the limelight are more likely to hurt their team than to make it better.
脚光を浴びるセッターは、チームをより良くするよりもチームを傷つける可能性が高くなる。
Jim Iams

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